甘い菓子の
凶暴な名前


  稲 妻
éclair au chocolat.


「あーっ、またしぼんじゃったー。」

ガルディア城から海へ向かう道の途中、ゼナンの橋よりわき道にそれた島の家。
発明少女、ルッカの家から漂う甘い匂い。

「んー、混ぜ方が足りなかったのかしら…。」

キッチンで少女がふたり、あわただしく動く。

「難しいなぁ〜。」
「まぁ、まだ時間あるし、もう一度やり直しましょ。」

その家の才色兼備・ルッカと、旅の仲間であり一国を治める王の娘・マールは、無残にすぼまった狐色の生地を鉄板からおろした。

「カスタードクリームはうまくいったのになぁ……。」
「最悪、そのクリームあげるしかないわね。」
「ほんと。」

クリームを見て冗談を言う。イタズラっぽく笑い、小麦粉の袋を持ち上げる。

「お菓子なんて、お城じゃ作らないもん。」
「そうなの?」

ふるいを取り出したマールは、初めてにしては手際よく粉をきめ細かにする。

「うん。お料理の授業みたいなのはあったけどね。いつも部屋に閉じ込められっぱなし。」
「へー。なんか、今のマールからは想像つかないわ。」
「……どういう意味?」
「そーゆう意味よ。」

ほら、手が止まってる。と、指摘をし、ルッカはくすくすと笑う。

「もう。何も言い返せないじゃない。」

頬を膨らませて、マールはご立腹のようだ。

「混ぜ方が甘かったのかもしれないわね……。今度はもっとしっかり混ぜるわよ!」

腕まくりをし、泡立て器を片手に気合を入れる姿に、「ルッカだって、一見クールそうなのに。」と、思わず吹き出した。


そもそもなぜこんなことをしているのか、原因は立ち寄ったある街にあった。


「よし、こんな感じかしら。」
「うん、さっきよりずっと生地がしっかりしてる!」

絞り袋に生地を入れ、鉄板に細長く搾り出す。
黄色い生地が、川の字に連なった。

「じゃ、焼き終わるまで少し休憩ね。お茶にしましょ。」
「うっかり作ったエクレア食べちゃわないようにしなくちゃね。」

少女たちは、笑いながらエプロンを置いた。
窯の温度を、冷めないように一度だけ確認する。
ルッカが茶葉を入れる間、マールはふたり分のカップとソーサーを用意した。ここに来たのは初めてではない。


「それにしても変わってるわよね。男の子にお菓子をあげる日があるなんて。」


つい先日、雪が舞う日、立ち往生した街で宿屋の主人にその話を聞いたのがきっかけである。


「ほんとよ。その街の子は大変よね。毎回。」
「でも、ルッカ楽しそうだよ。」
「それとこれとは別。たまにやるのはいいのよ。そもそもやろうっていったのはマールでしょ?」

そうでした。と、カップに口をつける。
熱かったのか、眉をしかめた。

「あつーい!口の中ザラザラする……。」
「あ、ごめんごめん。猫舌だった?」
「うん、どっちかというと……。あ、エクレアだっけ、猫の舌って意味のお菓子。」
「それはラングドシャ。ちゃーんと勉強してたのー?」

にやにやと指摘すると、してたよー!と、また頬を膨らませる。
火傷は軽かったようだ。

「エクレアは、カミナリ。」
「あ、そうそう。お菓子なのに、なんか、似合わないよね。」
「どっかの誰かさんみたいね。」
「あ、クロノ?」
「そ。」

ルッカも紅茶をひとくちすする。確かに少し熱いかもしれない。

「いつもボーっとしてるくせに私より魔法が派手なのが許せないわ。」
「ルッカだって派手だよー。」
「そう?……もっと武器の方も改良してみようかしら。」
「ふふ、頼もしいなあ、ルッカは。」

熱い紅茶を口に運ぶのを諦めたマールは、さっきから角砂糖をいじっている。
ピラミッドにしては崩し。縦に積んでは倒し。

「ミルク入れてみる?」
「ううん。平気。ありがと。」

見かねたルッカが冷まそうと提案するが、存外に楽しかったのか、やめようとしない。
特に迷惑でもないのでそのままにしておく。

「みんな、よろこんでくれるかな?」
「泣いてよろこばなきゃ気がすまないわ。」
「エイラはどうするのかな?」
「あの子はキーノにあげ…る、かしら。」
「また今度誘ってみようね。」

村で何かいさかいがあったようで出払っているもう一人の女性陣が、菓子作りを作る姿を想像して思わず笑った。
彼女のことだ。材料のまま、食べかねない。

「魔王は甘いもの食べるかな……。」
「案外好きかもよ?王子様だったし。」
「王子様…ふふ、なんか、想像できない。」
「ま、このルッカ様が作った料理だもの。食べないはずないわ。」

そのセリフが引き金となり、ついにこらえ切れなくなってマールは腹を抱えてうつぶせになり笑い出した。
無理に食べさせられている姿か、はたまた王子の姿か。普段物静かな魔王に対する想像がどこまで行ったのかは皆目見当もつかない。


「あら、そろそろ窯の温度を下げる時間じゃない?」
「あ、大変!」

ひとしきり笑ったマールは腹から手をどけて立ち上がった。窯を覗く。彼女の位置のほうが窯に近いからだ。

「うん、バッチリ。ちゃんと膨らんでる。」
「下げたら、もうあとひとふんばりね。」
「今日は寒いから、みんなが帰ってきたら、あったかいココアもいれてあげようね。」


稲妻のような割れ目がついた甘い菓子。
腹を減らした仲間たちが、目にもとまらぬ速さで平らげる姿が想像できるような匂いが漂う。


「食べたら、三倍返しね。」

後日、
クロノたちは、余計な知識を吹き込んだあの街の主人を恨むことになる。






(エクレール・オ・ショコラ。)

甘いものが食べたかったんです。(自白)

バレンタインがない設定で。

エクレアの名前の由来は諸説ありますが、今回は稲妻に似た割れ目と、

上のチョコが溶けないうちに稲妻のように早く食べる、

という意味から抜粋させていただきました。

 

エクレアは作ったことないので困りました…。


吉野[o5/1o * oo:22]