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白い壁。
扉のない、整った部屋。
それだけが生きる意味だった。
傷 跡
Child who doesn't put away toy.
「どうしたの魔王、それ!」
麗らかな昼下がり。
目ざとい碧眼の少女が、ポニーテールを揺らしながら魔王と呼ばれた魔族の男を指差す。
「やだ、血出てるじゃない!気がつかなかったの?」
続いて髪を肩で切りそろえた少女も、男の腕を覗き込む。
間髪いれずにもうひとり、興味津々の瞳で割り込む巻き毛のグラマラスな女。
女三人寄ればかしましいとはよく言ったものだ。
「…ああ。」
あれだけの疑問の山に、男はそれしか答えないが、女性陣の興味は相変わらず乾き始めた腕の血だった。
木の枝で引っ掛けたようなミミズ腫れ。恐らく歩いている途中にでもやったのだろう。
しかし気温が上り始めの昨今、それだけでも血は溢れてこぼれる。
「魔王の血って、赤いんだねー。」
何を期待していたのか、金髪ポニーテールの少女は少し残念そうに、しかし納得するような様子でまじまじとそれを見つめた。
回復が得手の彼女である。血を見ても悲鳴など上げはしない。
「どうしたんだ?」
野営のための薪を運んできた赤毛の少年が、怪訝そうに問う。
平素注目される人種でない魔王の周りに人だかりができているのだ。気にもなるだろう。
「あ、そうよ。マール、早く回復!」
「あっごめんね魔王。腕出して!」
さらりと問いをかわされた少年は、憮然としながらも答えを待った。
「この程度、どうということはない。」
少女の魔方陣をかいくぐり、マントを翻してひとり鬱蒼とした木陰に入る。
「あー、いっちゃった。」
「魔王、傷、痛くないか?」
「何変な意地張ってるのかしら…。」
何となくついていくのを躊躇わせる空気。
魔王が、常に気を配って張っている空気だ。
「あっ、ちょっと、どこいくのよクロノ!」
「さんぽ。」
ずんずんと、少女たちの鼻先を横切る少年――クロノは、薪を下に転がして無理矢理その空気に介入した。
「もう、無神経というか、素直というか…。」
完全に茂みに隠れた赤髪を見遣りながら、少女はメガネのフレームを押さえる。
「不思議な奴だよ。全く。あんな奴放っておけばいいのによ。」
「魔王サンとは、出会って日ガ浅いカラ、と、以前言ってイマシタ。」
遅れてやってきたカエルがそう呟く後ろで、ロボがクロノが転がしっぱなしにした薪を拾い集める。
「ロボ!いいのよそれは後でクロノが拾うんだから。」
「シカシ…」
「昔っからいつもそう。別のものが目に入ったら、放り出してやりっぱなし。好奇心旺盛っていえば、聞こえがいいけどね。」
溜め息は、眠気を誘う陽射しに霧散した。
…*…*…*…*…*…
「魔王、大丈夫か?よくわかんねーけど。」
茂みの奥には街の噴水ふたつ分くらいの小さな池が張っていた。
暗い茂みから出たせいで、世界が白む。気を失いそうだ。
「理由もわからずついてきたのか、貴様は。」
呆れて物も言えないといった風に、あからさまな視線をぶつける。
「え、ああ。だってあいつら教えてくんねーんだもん。」
そんな視線も、纏った空気も、最初からなかったみたいに池のほとりにごろんと転がる。
「……。」
「ちょっと眩しいな。ここ。」
迷惑そうな魔王に反し、クロノは愚痴をこぼしつつも居眠りの体勢を崩さない。
「ケガでもしたのか?……あ、これ?」
下から見上げる形のクロノは、裏肘に走る赤黒い傷を見つける。
「触るな。」
伸ばしかけた手をさすがに止める。
まさに魔王と言った目つきをされたのだ。
クロノはビックリという表現がこれでもかというほど似合う顔をして、「どうしたんだよ」と目をみはる。
血が出ている方とは違う腕。
成長と共に徐々に小さくなる傷を、革の手袋越しに確認する。
「随分古い傷じゃんか。」
「貴様には関係ない。」
目も合わせず、さらに冷たい空気を纏う。
「小さい頃の傷か?」
ふいと見上げてみるが、
「まただんまりかよ。ったく。」
魔王の反応は変わらない。
「………中世に落ちたときの傷だ。」
「……え?」
「…貴様が訊いたのだろう。」
少しいらついたように、相変わらず白い池を睨む。
「誰を守ることもできなかった、ただの役立たずの傷跡だ。」
恨めしく口角を歪めながら、傷に指を喰い込ませる。
魔王は、こうして傷の風化を妨げてきたのだろう。
「あーあ。そんないじるから治んないんだぜ。」
「元より治したいとも思わん。」
白い壁。
扉のない、整った部屋。
ラヴォスを恨むことで記憶のなかの姉を失わずに過ごせた。
同時に、
ラヴォスを恨むことで何もできなかった自分を正当化した。
ジレンマが、傷跡を深い色に染め上げていく。
「なんだよ、人が心配してやってんのにさ。」
「余計なお世話だ。」
「ほんとだな。」
怒るべきだろうに、この少年は白い歯を惜しみなく覗かせ笑った。
その笑顔に、傷口が疼く。
全てが癒えてしまいそうな、恐ろしい予感。
「……言っただろう。貴様と馴れ合うつもりなど毛頭ない。」
「なんだよ今更。」
しっかりとこちらを見る、否、睨む魔王は、人に慣れていない頃の自宅の猫にそっくりだった。
捨てられたことを、大切な者を失ったことを、恨む。
恨むことで生きてきた。恨むことが生きる証だと言わんばかりに。
「おれたちもう仲間だろ。」
瞬間、ザッと若葉が擦り切れる音が辺りに響いた。
「なんだよ!急に立ち上がって…、」
「貴様、どういうつもりだ。友情ごっこのつもりか?」
クロノは、まるで地震か何かのようだ。
棚をなぎ倒し、
箱を覆し、
壁に穴を開けて、去っていく。
白い壁。
扉のない、整った部屋。
傷跡を抱いて、
姉を慕い、
敵を恨んでいられればそれでよかった。
それなのにアイツは、扉も窓もない部屋の、
壁を蹴破り、宝物を探す子供のように部屋を散らかしはじめる。
それだけが生きる意味だった自分は、
証である部屋が変わり果てるのを見て、落胆する。
もう出て行けと、怒鳴り声を上げる。
しかし、聞こえているのかいないのか、今度は笑いながら仲間とやらを招き入れる。
「どうって、」
笑いをこらえるかのように、頬を隆起させて、
「友情ごっこの延長が仲間って奴なんだぜ?」
「くだらんな。」
「お前、友達いないだろ。」
「必要もないからな。」
「即答かよ。ムキになるなって。」
「………。」
「安心しろよ。」
やはりコイツは、地響きをたてる子供だ。
「カエルとだって仲直りさせてやるからさ。」
無神経に、好奇心旺盛。
あまりに一生懸命他人の部屋の宝物を探し出そうとするから、
「くだらんな。」
先に見つけ出して自慢してやるのも悪くはない。そう思うのも無理はない。
(おもちゃを片づけない子供。)
いい感じに意味わかんないですね。
いきなり魔王様。
記憶をつなぎとめておくにはきっかけが必要です。
それを乗り越えるには何かしらの変化が必要です。
なんか魔王様のお話ばっかりでスミマセン…。
吉野[o3/28 * 19:16]
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