二枚のレンズ越しに見える世界は、
君の見る世界とどう違うのだろう。


  眼 鏡
Maze in head


「なぁなぁ、ちょっと、それ貸して?」

夕飯前、当番ではないルッカは買ったばかりのハードカバーの本に意識を沈めていた。

「それって…これ?」

夕焼けに頬を染めるクロノの意図するものが曖昧で、思わず持っていたその本を彼に差し出す。

「アンタ、こんなの興味あったっけ?」
「違うよ。そっち!」

差し出した本ではなく、彼が指差すのは光を反射する眼鏡。

「……なんに使うのよ…。」
「そう睨むなよ、壊さないからさ!」

おねがいと、両手を合わせるポーズをする彼に、やれやれと仕方なしに眼鏡をはずす。

「ほんと、壊さないでよ?」
「わかってるって……。」

わかってるのかそうでないのか、上の空にそう言い、眼鏡をあちこち見回す。

「うわっ、強いな……。」

かちりとはめた瞬間、眉間にしわを寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をする。

「当たり前でしょ?アンタよりずっと悪いもの、視力。」

返して、と、手のひらを露わにする。
しかしクロノは、

「いやだね。」
「……なんでよ。」

まったく意味がわからない。
見えもしないものをはめたまま、向こうで料理を続けるカエルとマールの方をプイと向いた。

「いや、おれも頭よくなるかな、なんてさ。」
「ハァ?」

向こうに向けた顔はそのままに、目だけこちらに戻す。
ルッカは買ったばかりの本の続きのことなど、もうこれっぽっちも頭にない。

「だってさ、なんか、頭よく見えないか?」

にやっと笑ういつもと少し違うクロノに、呆れながらも笑ってしまう。
格好良い、悪いより先に、サイズの合わない服を着ているような、前髪を切りすぎてしまったような、靴を左右履き間違えたような、そんな違和感が先にたつ。
記憶が曖昧な頃から一緒にいるのだ。新鮮な姿が、妙にこそばゆい。

「順番が逆でしょ。しーっかり勉強したから、目が悪くなったのよっ!」

自慢気に返す。
ついでに、眼鏡を奪い取る。

「あー、」
「アンタに持たせたまんまだと、いつ壊されるかわかんないわ。」
「……なんだよ、壊さないって。」
「そんなこといって、貸したのが戻ってこなかったの何回あったっけ?」
「な、ちゃんとうちにあるって…。」
「ちゃんと壊れてない?」

尋問に、クロノは「メシまだかなー」などと会話を霧散させた。

「やっぱりね。」

素直なようで素直ではない幼馴染の、精一杯のゴマカシに乗ってやることにした。
どうせ、昔のガラクタだ。

「そんなぼやけるのに、見えてるのはおんなじなんだもんな。」

急にかけ直した眼鏡を見て、否、ルッカの目を見て、あごに手をやりしみじみとつぶやく。

「……クロノってさ、」
「なに?」
「……急に変なこと言うわよね。」
「変ってなんだよ。」

下心なしに、いきなり哲学的なことをぶつけてくる。昔からだ。

「バカにしてるんじゃないわよ。感心してるの。」
「ほんとかよ。」

今度はクロノのほうが怪訝そうな顔をする。
めったに自分を褒めないルッカのセリフを不信に思ったのだろう。

「まあいいけどさ。」

しかし、それにこだわりはしないが。


「私はこれをしないとぼやけるもの。クロノと逆。だから、一緒よ。」
「目の良い奴が眼鏡だったら、お前は裸眼ってこと?」
「………。」

なにもそこまで言っていないのに、どこからそういう想像力が働くのだろう。
甚だ不思議だ。

「……そう…なるのかしら。」
「じゃあ貸して。」
「ちょっ!」

クロノの言葉を租借しているスキに、ベテランのスリのように眼鏡をさらわれる。

「なにすんのよもう!びっくりするでしょ!」
「これなら、ルッカの世界がわかるんだな。」
「ハァ!?」

抗議の声を上げた瞬間理解する。

「どう?ルッカ。おれの見える世界は。」

思わず口から出かけた文句を飲み込み、きょろきょろと辺りを見回す。
そこには、相変わらず光が余分に入る眩しい世界と、夕飯作りに奮闘している仲間の大まかな影。

「なんだか……眩しい。」
「そっか。」

「おれもなんだか眩しすぎる。」とこぼした、なんだか満足げに笑う彼の顔は、ちゃんと視界で捉えられなくても想像がついた。
そんな関係に、ふいに笑みがこぼれる。


「ってことは、眼鏡をかけなくてもルッカは頭良さそうなんだな。」
「今頃気付いたの?当たり前でしょ。」

まじまじと、眼鏡をはずしてその聡明な顔を覗き込む。

「クロノは眼鏡をつけてても、相変わらずよ。」
「……相変わらず、なんだよ。」
「あら、言っちゃってもいいの?」
「……いいや。想像つく。」

あぐらをかき直して、夕日を細目で睨む。

「クロノー、ルッカー、ごはんできたよー!」

ちょうど、様子をうかがっていたかのようなタイミングで、マールがおたまを振り回した。
匂いが漂う。今日はシチューのようだ。

それに右手を上げて返事をして、背もたれにしていた大きな木から背を離す。
膝の重みに気付く。そうだ、本の続き。


「まあ、いいか。」


本の続きより、
今日の夕飯より、
全く予想のつかない彼は、目にも留まらぬ速さで席へ駆け出した。
自分の眼鏡をかけたまま。


「ほんと、一緒にいると飽きないわよ。」
「ルッカ!なにやってんだ冷めるぞ!」

銀色のスプーンを夕日に反射させ、そんな言葉に耳も貸さずに笑っている。

「なんか、ルッカが眼鏡してないと、新鮮だね。」

そう?と、シチューをよそってくれたマールに、腰掛けながら上目遣いで相槌を打つ。

「うん。そっちの方が似合うよ?」
「ありがとね。」
「おれは?」
「ちょっと頭よく見える!」
「……それ、ちょっと微妙だな。」

思ったような返事が来ず、飽きたのだろう。ルッカに眼鏡を返した。


急に鮮明になる、いつもの顔。
クロノと、同じ世界。

「あ、そうか。」

また妙なことを思いついたのだろう。
目の前に座る彼が皿から顔を上げた。

「ルッカの眼鏡はおれが見えてるのに近づけようとしてんだから、おれもルッカも見えてるもんはおんなじか。」

あまりにも当たり前なことを、あたかも名案だと言わんばかりに口からシチューをテーブルに飛ばす。
やっと、普通の答えに辿り着いたようだ。
彼は、重度の思考の方向音痴である。

「……おい、今日のシチュー、失敗だったか?」
「えー、何かまずいもの入れちゃったかなぁ…。」
「ほっときなさい。いつものことだから。」
「なんだよそれ。」

カエルとマールが声を潜めるのに、ルッカが答えるのが不満と言わんばかりに、またひと口すする。

「お、この肉でかい。」


「きっと一生、アンタの世界は私には見えないわ。」
「?、なんでだよ。」
「べっつに。」

そう流して、シチューの海にスプーンをつける。



世界中のどんな高性能なレンズを使っても、


「あ、ちょ、それ交換しよ?」
「いやよ。」


彼の思考回路を読み取ることは、あの本の続きを予想するよりきっと難しい。







(頭の中の迷路。)

なんかよくわかんない話に…。

えらい勢いで書きたい物から脱線していきました。笑

友達以上恋人未満なふたりを書きたかったんですが…。

甘いセリフは恥ずかしくて入れられませんどうしよう。

吉野[
o4/29 * 22:15